カラダノコエをキク

iga腎症と境界型糖尿病。卵巣嚢腫も再発してカラダのエラー全開中。人生を大転換します。

病気を治すために 私は嗅覚に従う

今日のごはん

●ブロッコリーの芽とトマト、きゅうり、人参、玉ねぎのサラダ

●五穀米ごはん

●シジミ汁

●トマト

●なす、ピーマン 焼き



実家に帰省して、無農薬野菜が手に入りやすくなった。東京よりも時間の流れがゆっくりにかんじる。やはりリフレッシュに田舎は最適だ。


愛犬がいるので、散歩も楽しい。


いま読んでる本があまりに素晴らしいので紹介。腫瘍内科学領域の研究者でもある、ケリーターナー博士の本である。

ガンが劇的に寛解した1000件以上の症例報告論文を分析し、世界中で奇跡的な生還を遂げたガン患者が治癒に至る過程についてのインタビューをしたという軌跡の本。



こういう本を求めていた!



何故いまの医学では、劇的寛解を遂げた人たちの研究をもっとしないのだろう。もちろん、全てに効くわけではないのかもしれない。確率は低いのかもしれない。


けれど、iga腎症だって、1割(私の主治医曰くだけど)は自然寛解するという。

しかし、自然寛解って何もしてなかったの?!という話しである。



もしかしたら、標準治療以外にもたくさん治療の支えになったもの、自己治癒力を高める方法があったんじゃないの?って思うのだ。



別に難病だけじゃなくて、ガンだって、精神疾患だって。

身体のエラーに対するなにか共通した法則があるんじゃないかなという気がするのだ。






この博士の研究とインタビューはとても読み応えがあるし、私にとっては共感する部分がたくさんある。

是非とも現在病で落ち込んでいる人は読んでみてほしい。もしくは、病気の人を支えている人たち。治療法はひとつだけではないし、心のあり方がいかに身体に影響するか、科学的データや統計に基づいて説明してくれている。



わたしはこれを読んでますます、自分は絶対に治ると確信を強めた。



「カラダのコエをきく」



このブログのタイトルでもある。

不思議話が大好きなスピリチュアリズムを感じるかもしれないが、本当に身体はたくさんの情報を日々休みなく、与えてくれているのだ。



何故こんなに確信を持って言えるかというと、私の兄弟や親族は標高3000mで暮らしている。いわゆる、山族だ。




自給自足に近い生活の中で、彼らは感覚で明日の天気もわかるし、何日前にどんな動物が歩いたかも正確に把握する。




それは別に不思議なことではなく、彼らの生活では必要な感覚が違うのだ。わたしは19歳の頃兄たちと一緒に3ヶ月間、アルプスの山に篭って暮らしたことがある。当時、東京のど真ん中で暮らし、NYが大好きだったTHE都会大好きな自分が、当時携帯も使えない、コンビニもない、山に篭ったときの身体に起こった変化は相当なものだった。



そして、1ヶ月もいれば嗅覚が変わるのである。

嗅覚は唯一、人間の古い脳とつながっている本能的な感覚だ。考える暇もなく、判断を下すのだ。動物をみればわかるが、敵がきた!とかこの食べ物は安全か?など、”匂い”は生死に関わるとても重要な器官だからであるから、いちいち考えていたら間に合わないのだろう。本能って素晴らしい。



私の兄たちは山で暮らしているから、身を守るために熊の気配に気づく必要があるし、嵐や雨の予兆を感じる必要がある。だから、単純に感覚器が発達したのだと思う。3ヶ月しかいない私ですら、匂いで天気ぐらいはわかるようになったのだから。




現代に生きる私たちは天気予報で天気を判断するし、外部に情報を求めてやまない。

私だって記憶にしても、携帯のおかげで昔覚えられていた電話番号やスケジュールも覚えられなくなってしまった。

便利になって恩恵もうけているし、たくさんのことができるようになったけども。

とても精度の高い文明的なものに囲まれているけども。



何か大切なものを同時に見失っているような感覚があった。

知らず知らず、何か鈍感になっていく感覚。

生きることが複雑化してしまって、シンプルな

ことがみえにくくなっていく感覚。



自分にとって大切なものがどこにあったのかわからなくなっていくような、何が本当に必要なのか曖昧になっていくような感覚があった。



気がついたら、病気になっていてあたりまえがあたりまえじゃなくなる。



ハッと立ち返って、やっと自分のことを振り返る。どうして?

身体の声が聞こえない。

でも、なにかが起きている。

無意識の領域で。



断食をしたことがある人ならわかるとおもうが、食事ひとつにしても、感覚さえ冴えれば、何が自分の身体に必要で、何が身体を痛めつけているのかわかるようになるだろう。



私は食事療法をとりいれてから、いまはコンビニのレタスは苦くて消毒の味がして、とても食べられない。味覚が鋭くなっている。でも一度気を許して我が欲のまま食べていれば、一気に鈍感になって全くそんなことわからなくなるのである。




身体にはそもそもホメオースタシスが備わっていて、体の恒常性を保ってくれる機能がある。身体の全てのシステムたちがまだ科学的に完全に解き明かされてない以上、もっともっと未知なるシステムが必ず存在しているはずだ。




だから、そんな未知だらけな世界に住んでいる以上、自分の身体からの情報ほど貴重なものはない。一人一人違うんだなら、尚更だ。

そこだけは、頼れるのは自分しかいないのである。



自分の内部は自分ではみえない。感覚的に感じることや直感は貴重な情報源だ。

直感に対する研究は今も尚続けられていて、いつか解き明かされるのが楽しみである。




なんせ、わたしはこの病気は完全に直感でみつけたわけなのだから。何故かと言われてもわからない。

科学的にわかっているのは、直感は第一システムから生じており、それを支配をするのは右脳であり、大脳辺縁系と間脳であるということ。

つまり、本能的なものだということくらい。



そして神経細胞であるニューロンは脳だけではなく、消化管にも存在すること。これってすごい発見だ。腹をくくる!とかいうけど、感情は腹で感じることがあるわけだ。



わたしは腎生検を受けている最中に、記憶が一瞬なくなった。身体と心が引き剥がされる感覚があった。それは医師が失敗したからであるが別にそれはいいとして、死に近くなったときに直感的にものすごく、感じたことがある。



”これらの治療をうけたところで、この病院にいても、私は、治らない。”



これが私が直感的に悟ったことだ。根拠はない。ただ、ストンとそう思った。

強いてわかりやすいデータでいえば、入院当日の血液検査と退院当日の血液検査の結果をみても、医師が混乱するほど極端に数値が違うことでも確信をする。




精神と身体が密着に反応しまくってしまうこの自分の性質上、少なくともこの病院では治らないと確信をした。そして、そのあとからなんだか身体が求めていることが次々とわかるようになってきたのだ。死に直面したことで本能が目覚めたのかもしれない。



それはきっと人それぞれ違うんだとおもう。



私にとって治るために必要なことは、まずは間違った生活スタイルを全て変えることが必要だと確信をした。

そして、もっと自然と繋がること。自分の感情や思考を整理して、滞りをなくすこと。自分の身体にとって嬉しくない無意識でしている癖を改めること。

逢うべく人に逢い、必要なことをたくさん学ぶこと。



そして、いまのこの病である状態でも、人生を楽しみながら乗り越えていくこと。自分が自分であることを喜び、信念の力をきちんとつかうこと。



それが自分が受け取った体からのメッセージだ。だから、毎日学び、実践し、楽しく生きる。




最近では、「あなたは必ず治る」そういってくれるひとたちにたくさん出会うようになった。

どこからか、身体にジワッとパワーが湧いてくる。

そして自分でもそれを確信している。




だから、自分を前向きにしてくれる出会いは本当に力になるんだとおもう。それは、人かもしれないし、本かもしれないし、映画かもしれないし、ブログかもしれないし、植物かもしれないし、ペットかもしれないし。




全ての物質が同じ原子であるならば、きっと創造されたものは真実であり、如何様にも力になる。あとは自分で、”選ぶ”だけだ。