カラダノコエをキク

iga腎症と境界型糖尿病、卵巣嚢腫も再発、そして只今ハイリスク妊婦になりました。波乱万丈だけど、逆境に負けずハッピーライフを過ごしたい!カラダのコエをきいて、未知なる領域を広げていきたいです。

腎生検入院初日 怪奇現象なのか、緊張なのか、謎である。

初めての腎生検 (入院初日)


入院は午後2時から。

すごぶる身体は元気で、踊れるほどなのに明日の腎生検をうけたら24時間拘束で動けなくなるなんて信じられん。


ルームメイトの相方が付き添いできてくれた。はじめに部屋が空いてないので特別室という25000円もする個室になりましたと説明を受けて、内心大喜びしたのも束の間、「すみません!こちらの手違いでした!」でちょっとガクン。


わたし以外は、大部屋はみんなご高齢の方々ばかり。言語障害なのかな、叫び続けているおばあちゃんとか、うめき声が聞こえてきたり、若干カオスでやや不安になります。


まだ、せめて窓際なのが救い。ただ、なんとなく病院にくるとどよーんとして、洋服でいるのもなんか変なので、寝巻きに着替えてみる。


早速説明をうけて、採血に。7本くらいとったかな。わたし、採血したあとに殆ど倒れてしまうので、寝てやってもらうことに。迷走神経が弱いんです。


やはりフラフラするので、早速車椅子に乗せられてレントゲン、心電図とつづく。

外来の前を通るときの目線が気になりつつ、完全に病人だな。


その後夕食がでて、就寝。

しかし、薄味をストイックにやっていたためなんだか夕食が濃く感じてしまう。


消灯したあとも、全く眠くないのと、まわりの雄叫びで眠れず。ウォーとすごい声といびき。

いや、個室にすればよかった。


ねれないー、ねれないー、と叫びながら

宇宙服(usaatoさんの服のこと)をまとってゴロゴロ。※宇宙服のことはまた書きます。


すると服が急にポカポカ熱くなりだして、ウトウト。シャッとカーテンがあいて

だれかがのぞいている。がしかし、ナース服でもない。

ボブヘアくらいの女の子。


謎です。。。

病院だしね。

そのままみなかったことにして、また眠りにつこうとすると、腰あたりをトントンたたかれて、はっとみるが誰もおらず。もう、怪奇現象続出。夏至だったし。



その後、謎の声が語りかけてきて1時間。

いよいよ精神がおかしくなったのかと思いつつ、緊張してるんだ自分!といいきかせてやり過ごす。


気がついたら、おばちゃんたちは起床していた。ほぼ、一睡もできずげっそりしたわたし。顔は土気色だし、クマもばっちり。


看護師さんも心配そうに

眠れなかったですか?!とのこと。

はい、、、と落ち込むわたし。


そんなこんなで入院初日は終わりました。

死にそうなわたしの悲劇は続く。


教訓


◯入院は神経質な人は個室がいい。特に初日。腎生検日。

腎生検の恐怖 指導医の先生なら安心なのか?

iga腎症だろうと言われてから、腎生検を進められた。というよりは必須とのこと。



入院は4泊5日。

腎生検をものすごく簡単にいうと、腎臓に針をさして、細胞をとる検査。

iga腎症の確定診断のためにも必要とのこと。


そして、腎臓は大動脈が通っていて出血しやすいから局所麻酔で意識をもったまま、医師と呼吸をあわせて、息を止めると腎臓も静止し、その状態で針をさす必要があるとのこと。


なんか大変そう。。

その後絶対安静24時間で、砂袋をのせて止血する必要がある。


なんとも大掛かりな検査だ。

本当にはぁぁ、、、。

検査でこんなに大変なのか。


しかも私は貧血がひどい。

先生が失敗でもしたら、即輸血行きだ。


調べてみると、どこの病院もだいたい同じ。

エコーでみながら針を刺すらしいんだが、なんとも注射器とピストルをコラボさせたようなマシーンで細胞採集するようだ。バチン!とすごい音がするらしい。


体験者のブログを読んでも、出血したり、絶対安静後に熱がでたとか、そんな簡単な検査じゃなさそうだ。なによりも24時間絶対安静が発狂しそうになるとの情報が多数。動けないのが大嫌いな私に耐えられるか。いや、これも修行。



そもそもいまの病院で大丈夫なのかな、、

と調べてみると1年に30回の実績。

うーん。

大丈夫だろうか。


今転院するのもなぁ。

とりあえず、日程を決めて入院の手続きをした。


担当の先生は指名できるらしい。

これがいま思えば私の選択ミスだった。。

指導医という資格をもっている先生は、経験値が高いので安心と思って指名したのだがそれが裏目にでて大変な思いをすることになる。


つづく

難病だけど? 他人は他人。自分のことを諦めるな。

私はストレスを非常に感じやすいタイプだ。

気温の変化でも、体調が悪くなりやすいし、

仕事の面でも、社会不適合者だと思う。


昔は納得のできないルールに縛られ、周りに気を遣いすぎるくらい遣い、周りにどう思われるのかを気にしながら、自分を抑えて仕事をしていたけど


残念なくらいすぐ病気になる。


原因不明というか、診断は如何様にも。

自律神経失調症だの、うつ病だの。

メニエール病も。微熱が1年以上下がらないことも不眠症ももう数えきれないくらい。



身体がすぐエラーを起こしてしまう。



ストレスに強くなりたい!と様々なことにチャレンジしてみたが、勿論昔よりは強くなったと思う。けれど、根本の部分では結局自分のことは自分が一番よくわかっている。

確信しているのは、身体と心は繋がっているということ。影響しあっているということ。


そして、私の場合とにかく説明のつかない不思議な出来事に巻き込まれていく。


20代半ばで、いわばレールを完全に踏み外した人生に変化した。サイコロふって、人生歩いてるねとよく言われる。



それで自由業に転職した。

自分に納得する選択をできているうちは、身体も心も元気なのだ。

でも、周りや他人軸、会社に合わせるとすぐに身体がダウンする。

わたしの身体はわがままであり、正直だ。


自分軸を保ちつつ、会社でもうまくやれる器用な人はきっと大丈夫。バランスがいい。


私にはそれができない。割り切るということが本当に苦痛なのだ。


本心でそう思っていないのに、上辺で上手にやれる人をみるとすごいなぁと感心してしまう。


我慢すればするほど、身体がエラーをおこしていく。



媚びる人、会社の顔を上手に使い分けられる人、それはそれでそのひとの価値観と選択だからよいのだ。


ただ、自分のことは自分が一番よく知っている。自分のことは身体の方が正直で知っているのかもしれない。


そして、心は如何様にも変えられる。

変化は怖い。

でも、自然はいつも絶えず変化している。

身体も。心も。


身体は自分の心地よいこと、喜ぶことをちゃんと知っている。身体がエラーをおこすときは心と身体が繋がっていないときだ。意識的にしろ、無意識的にしろ。




たった一度きりの人生ならば、自分が納得して生きることほど大切なことはない。

何を選択するかも、自分次第。



わたしがこの難病になったのは自分の責任。

わたしの生きかた、考え方、生活習慣すべてがわたしの身体と心をつくっているわけで。



それがエラーを起こしてる。

それはなにかを変えなきゃいけないということ。


例えば、病院で治療する。

でも人間はそんなに簡単に変わらない。

外から変えたところで、すべてはバランスで成立している。無意識的な習慣が身体にとっては負荷がかかっているかもしれない。

我慢してることすら、気づいていないのかもしれない。


根本を理解し、治癒しなければまたきっと元に戻る時がくる。

何度でも再発するかもしれない。



だから、病気はチャンスなんだとおもう。

自分とこんなにむきあえて、自分が喜ぶこと心から望むことをちゃんとみつけられるように。


限りない命の存在を認識できるように。

あたりまえなんて、存在しない。

すべてのものは変化する。

だから、瞬間瞬間の選択が大切だ。


誰が何を言おうと、まったく同じ人間が存在しないように自分は自分でしかないし、自然の一部であり、すべては繋がっている。


だから感情がネガティヴに揺れるのだって、大切なことだし、受け入れていくことだ。


自分がどうしてネガティヴに捉えているのか根本と向き合うことだ。

生きてさえいれば、無限大の力が存在するんだから。人間は能力のうち10パーセントもつかってないんだという。


90パーセントもねむっているなんてもったいなさ過ぎる。そして、自分の才能に気がつかずに死んでいくだけじゃつまんないし、それをみつけられるのは自分しかいない。


お金がなくても、仕事がなくても、結婚していなくても、(いまのわたしか(笑))病気でも。

生かされているうちは、チャンスしかない。


ハッピーに自分が納得して生きられる方法は必ず存在する。だから、自分だけは自分のことを諦めない。絶対に。