死にたいなら死ねば?
「死にたいなら、死ねば?」
といわれたことがある。私がネガティヴ全盛期の時代である。これを言った人はなかなかの強者だと思う。
私のネガティヴ全盛期は振り返っても、酷いもんだった。いまは、ポジティヴと言われることもあるが、別にポジティヴでもない。
ちなみに私が踊っていたダンスは、破壊的でイメージで言えば完全にネガティヴだろう。
後に表現として、昇華できたのはよかったがこの時代のおかげである。
無駄に明るいひとや前向き発言をみると、イラっとしていた。⇦ただの嫉妬
実はネガティヴとポジティヴは俯瞰してみると、同じエネルギーなのだと思う。
勝手に人間がネガとかポジとか名前をつけただけ。性質は違うだろう。男と女。アルカリ性と酸性でもいいのかも。SとM。表裏一体。でも、磁石のようなもので同じような世界を構成していくのだ。
20代のはじめ、父親が癌になり家は激貧の火車だった。私は大学を辞め、1日100円のぱんですごし、霧吹きをふりかけて夏の暑さをしのぎ、バイトも3個かけもちして、激務に追われていた。
周りが合コンやらサークルで楽しそうにしているのを尻目に働き蜂のように働き、闇の中にいたのである。
おまけにメニエール病で倒れるし、頼れるひともおらず、上野のホームレスのおじさんたちとブルーシートでお世話になったこともある。
お金がなさすぎて、帰れない日はゴミ収集車をヒッチハイクしてゴミ集めを手伝いながら、よく渋谷から乗せて帰ってもらった。
こんな危なっかしい生活だったので、スタンガンで撃たれるわ、レイプされるわ、暴行事件に巻き込まれるわ、痴漢に襲われるわ、殺されそうになるわで色々あった。しまいには鬱病で精神が錯乱した時期もある。一度うまく言葉でいえないが自分が崩壊(故障)したので、なんだか生きてんのか、死んでるのかわからない、ふわふわした一年を送った時期もあった。泣き疲れて、涙もでない。人形のようだった。
そのたびにどうして自分が、、、とよく責めた。わたしなんか、、。生きてるのが辛い。
そんな言葉がリフレイン。
健康な人、お金持ちな人、キラキラ輝いて見える人、好きなことを仕事にしている人。いつも明るく悩みがなさそうな人。
みんなが羨ましく、どうして自分は、、とネガティヴ回路まっしぐら。
お金がとにかくないので、心療内科なんて病院も行けず、骨が折れても、暴行にあっても一人で耐え抜くより仕方がない。
「死にたいなら死ねば 」
と言い放ったひとがいる。
鬱病のひとに最も言ってはいけない言葉だろう。
そのときは、深く傷ついて
あなたなんかにこんな気持ち、わからない!
と錯乱したけども。
きっとこのころの私がいまの病気になっていたら、絶望して死んでたかもしれない。
でも、今思うと私は結局そこが楽だからそこにいたんだなとおもう。人間の回路はぐるぐる同じところに戻ってくる。ネガティヴの性質が無意識化で意識すればするほど、そこに戻ってきてしまう。
自分ではなかなか出られない。出たいといいながらも、でられない。愚痴りながらも、助けてほしいと言いながらもそこに居続ける自分がいた。でたくても出られない気持ちは痛いほどわかる。コントロールできない悔しさや、自責の念やぐるぐる回る感情に打ちのめされて、戻ってきてしまうもどかしさ。そうじゃない、こんなの自分じゃない、認めたくない。そんな気持ちもあった。
そして、崩壊したときに、なにもかもどうでもよくなってしまった。味もしない、なにを見ても感動もしない、なんだか無性に悲しいような、自分がどこにいるかもわからない。無味乾燥な世界。人形のように身体が空っぽでいれものみたいな感覚。
頑張って無理やりポジティブにしても、また無理が生じれば崩れてしまう。
報われなければ、落ち込んでしまう。
怖いから、傷ついてもいいように、ダメな自分でいることに慣れてしまう。
そんな時期があって、少しずつ自分を変えたいと思った。日記をみると、悪いことがつづくときはある法則性があることに気がついた。
引き寄せの法則とよくいうが、もっと単純明快な法則があることに気がついた。自然がそのまんまで完成されているように、人間もなりたい自分になってしまうのだ。
言葉でいうよりもコントロールは難しい。
卑屈になった心を組み替えるのは相当至難のことだし、自分が意識していることと無意識で求めていることが食い違ってることもある。
言葉では強気で言ってても、心の中は恐れでいっぱいのこともあるし、案外言葉で言ってることと、真反対に思えることを実は求めていることもある。
自分のことは自分が一番よくわかっているはずなのに、一番わからないということがおきる。
矛盾のなかにはいつも真実がある。
白か黒ではない、グレーな世界があるのだ。
だから、ネガティヴでもポジティブでもいいやと思うところに行き着いた。それはその時の感情なのだから。
ただ、きっとわかるひとはわかると思うがネガティヴも行き着くと死んでしまうか、少しずつでもあがってしまうのである。
ネガティヴなことを考えてしまうのは、暇だからだ!と言われてたこともある。
そのときはなんてこと言うんだ!とムカついたが、事実死ぬほど踊り尽くして頭で考える暇もなくせば、疲れ果てて、寝るしかない。
そこでわたしはネガティヴの底まで落ち切ろうと思った。もうあがるしかないか、死んでしまうか。しかし、意外と自分はしぶとくて生き残った。
だから昔わたしに言い放った彼の
死にたいなら死ねばいい!
でいうと私は死ねなかったし、ネガティヴな自分に疲れ果てて、だんだんニュートラルになり、自分のことを幸せにできるのは自分しかいないのだというある種、諦めの境地にきたのかもしれない。
そこから、なんだか楽になってしまった。
もちろん、落ち込むこともたくさんあるし、
決して簡単な道のりではなかったし、いま現在も難病なわけだから、残念極まりないんだけども、良い時間を過ごしているなぁと心から思えるようになったのも事実である。
だから頑張りすぎず、頑張ろうと思う。
ネガティヴでもポジティブでもいいや。
その時の正直な気持ちをちゃんと観察する。
でも、自分のことは自分で責任もちたいし、小さいことでも幸せを感じるようになったのは成長できたのかもしれないし、バランスを保つ方法を少しずつ得てきたのだなぁと思う。
いろんなひとがいていいじゃない。それぞれがそれぞれの人生を歩んでんだもの。他人からみたらそれは氷山の一角でしかないだろう。物語はもっと簡単で複雑だ。
ほどほどに理解できるくらいでも感動ものだよ。いまは誰かと共感できるのはいいなぁと思える。100パーセントじゃなくても。
ずっと孤独だったし、今でも孤独は変わらないけど、だからこそ、わかるあったかさもある。
病気になったから、健康の有り難さもわかる。
ネガティヴもポジティブも味わいつくせば、どちらの気持ちもわかるだろうし、何にエネルギーを注ぎたいのかはその人の自由だ。
だから、わたしは生きたいし、残りの人生はできるかぎり自分が喜ぶことをすると決めている。
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